Google Earth/Mapはどこまで進化するのだろう。米国で行なわれていたストリートビューの日本版が先頃公開された。子供だましと思いきや、実際に使ってみると、これが意外と面白い。

プライバシー的な問題が発生する点は気になるものの、職質されている人や、ラブホに入るカップル、小学生が(Googleカーを)見る様など様々な風景が写っている様子は、そこに訪れたかのような錯覚を覚えるほど。もちろん実体験などの皮膚感覚などは得られないものの、バーチャルドライブや散歩を楽しめる、といっても過言ではないだろう。
一方でドライブと言えばLOCATION VIEWも面白い。こちらも車載カメラから撮影した写真を同じく力業で閲覧できるというもの。ポイントは車に特化し、ドライブ中に得られるであろう360度視点を車視点で確認できる。FlashやJavaを使用するため動作環境を選ぶため、安定起動しないのが玉にキズ。
どちらも日常社会をリアルに感じさせるツールだが、ここで止まってしまっては「単なる面白いツール」であり、10年前のVRMLをリアル化したに過ぎないだろう。また前述のように散歩・ドライブという観点からすれば、実際に訪れたときに得られる情報量とは比較にならず、パノラマレベルであることも否めない。後は店舗などリアルなリソースと、どのようにリンクするかがポイントではないだろうか。
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日本国憲法では、1946年の第3章 第21条第1項において「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と規定されている。“表現の自由”の根源にあたる解釈は皆この憲法を元にしていると言っても過言ではない。だが、相反する部分として「他者の人権を侵害してはならない」という最高裁判決が数多く、その結果に対し、個人的に異論を挟む気はない。
今回のテーマは、これに付随する「報道の自由」。万人が持つ「知る権利」を背景に提言化されているモノだが、実際には自粛の嵐で辟易してしまう。最近では社会的背景を元に「2ちゃんねる」というキーワードを使わないで欲しいというお達しが某社からあり、つい先頃は某ゲームタイトルを彷彿させるオープンソースゲーム紹介記事で、元となる某ゲームタイトルを使わないで欲しいという自粛要請。
もちろん出版社は利益企業であり、某ゲームタイトルの著作権を持つゲーム会社からクレームが入ると、ゲーム会社からのクレームで不利益が発生してしまうことも。利益至上主義を御旗とする起業としては致し方ないだろう。だが一方では、記事がわかりにくくなり、読者の不利益が発生していることに違和感を覚え、何かしら引っかかる思いが(そこを読みやすくする文書テクニック云々は棚上げ)。
もちろん、こういった些事を元に版元とケンカする気もなければ、聲高に青臭い思想を垂れ流す気もない。ただ、この一件がマスメディアが長年慣例的に行なってきた「放送禁止用語」に通ずる部分があるように思えるのは気のせいだろうか。その言葉が「差別的」「侮蔑的」「卑猥」であるなら、避けるべきながらも、自粛意識が高まって「俺」を常用漢字にする・しないでもめる文化審議会国語分科会のように、考えがズレはじめ、見えない集団に萎縮するようなモノでしかないように感じられる。
文書として必要な「わかりやすさ」を害するものを選択する矛盾感。世界は大小関わりなく矛盾に満ちあふれている、のかもしれない(と希望的観測を残すために曖昧表現)。
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遂にその日が来た。
今では見る影も無いが、絶世期は月刊誌で300Pオーバーの特別号を出すほどの勢いを誇る「LOGiN」が休刊するという。
今にして思えば80年代のサブカルブームを生かしつつ、海外のPCゲームタイトルを取り上げ、国内に紹介していった。というマイナー誌がやるような記事も作り、その多様性は今振り返っても他誌が追従を許さないほど充実していた(ちなみに当時は新企画社(発売は小学館)の「POPCOM(ポプコム)」、角川の「コンプティーク」、一歩下がって徳間の「テクノポリス」などがあった。でも個人的には半年ちょいで休刊になった「遊撃手」が一番の愛読書)。
記事によると「LOGiNは1982年5月、アスキー(当時)から季刊誌「ASCII別冊ログイン」として創刊し、翌年から月刊化」というからかれこれ25年。安田均氏の海外ゲームレビューには胸を熱くし、たまに掲載される海外ゲームの特集記事に夢をみたものだ。たしか初代SimCityが、MacintoshやIBM-PCで出たときもカラーで紹介し、当時学生だった身分でMacintosh IIが買えるわけもなく。それから数年してようやくプレイし始めた頃にはサルのようにプレイしていたような。
一時期は友人が編集者として参加し、 高橋ピョン太氏時代(編集長は青柳ういろう氏)には仕事も頂いたことがあるLOGiN。でも本当に面白かったのは小島編集長時代の暴走ぶり。良くも悪くも緩い感じが誌面に出て、当時のサブカル系雑誌にあった編集者と読者の一体感を醸し出していた。改めて思い出せば、当時のPCゲーム自体がサブカルの一翼を担っており、一時期はパソコン通信のホストもやっていたっけ。
PCもしくはPCゲーム雑誌が次々と休刊していく。当時きら星のように輝いていたPCゲームも廃れ、消費者であるユーザーは当時抱いていた物欲もなくなり、ただ日々を過ごしている。日本全体が夢を失ってるようで切ない。
最後にたんねちゃん。俺のSeeNa for PC88 mkII SR版返してください。
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ビルゲイツ曰く「Windows 7は2009年中に入手可能」。つい昨日行なわれた、とある講演での発言が世界中に影響を与えている。本来なら2010年初等の発売を予定したWindows 7の前倒しは、現行バージョンであるWindows Vistaの迷走ぶりに危機を感じたMicrosoftのホンネなのだろう。
Windows Vista無印版と過去のWindowsと比較しても、さほど酷いものではない、と個人的には感じている。贔屓目かもしれない。だが、Windows XPの5年に亘る長期の安定性が、ユーザーに良くも悪くも錯覚を与えてしまったようだ(本来OSは機能性よりも安定性を追求しなければならない、といいながらも、機能性を求めている声があるのも事実)。
開発コード名「Longhorn」からWindows Vistaに至るまで、紆余曲折の道のりがあった。設計思想に大きく影響を及ぼすWinFSの削除や、スタッフの退陣。噂の域を超えないが、マーケティングチームの出遅れ。特に元Microsoft極東開発本部長・コンシューマ戦略担当バイスプレジデント、最終的にはマイクロソフト・ジャパン(以下、MSKK)の最高技術責任者を務めていた古川享氏の「ドッグフードを食べている」云々は感慨深い。
「ドッグフードを食べる」とは、Windows NTの開発者であるDavid N. Cutler(デビッド・カトラー)の発言で有名になった、自分で書いたプログラムを自ら使用するスタイルを指す。当時、Windows NTカーネルの一部分がビルドアップすると、開発チームにWindows NTアルファ版を強制的に使用させ、イヤでもバグフィックスをしなければならない状況に追い込んだという。
前述の古川氏はご自分のブログで、「MSKKの人間はWindows Vistaに対してドッグフードを食べていない」といった、Windows Vistaの完成度を非難する趣旨の発言をされている。同氏はWindows 95リリースに立ち会い、重箱の隅を突(つつ)くような食べ方をされてきたので、Windows Vistaに不満を感じたのだろう。
先に「Windows Vistaはさほど悪くない」と述べたが、長期政権となったWindows XPからリプレイスするほどの価値があるかと問われれば、正直にWindows XPのままでよいと周りに答えてきた。SP1が登場した今でもハードウェア構成を含めたリプレイスでない限り、同様の回答を行なっている。最低でも2007年度以降にリリースされたパーツもしくはコンピュータを購入するのであれば、Windows Vistaを。それ以前の(スペックが充実したPCでも)Windows XPを選ぶべきだろう。
たとえばノートPCの場合、GPUに余力があるのか、WDMの動作基準を満たしているかが1点。GPUが発する熱量(=使用時間)はWindows Vistaで拡大するため、排熱能力が十分に備わっているのか、とGPUだけでも2点のチェックポイントがある。このように十分なハードウェアスペックを持つノートPCでも、Windows Vistaを快適に運用するのは難しい。
話は脱線したが、Windows Vistaの失敗による業界全体への悪影響は大きく、それだけにWindows 7への期待も大きい。一方では数年に一度OSをリプレイスしなければならず、それに伴うハードウェアの買い換えや、雑誌・専門書などの販売といったビジネスモデルにも疑問を感じている。微力ながらもWindows Vistaを盛り上げようと思っていた泡沫ライターに、同社の方針転換はドラスティックすぎて憂鬱になる。
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いつもどおり酒を飲みながらノートPCで遊んでいると、突然電源が切れた。購入して1年。バッテリーはへたり気味ながらも、1時間は稼働していた。そのトラブルが起きたのは起動して15分後。
仕方なくACアダプターをつなぎ、OS上で確認すると、バッテリーエラーだという。俗に言う「バッテリーの突然死」。ここ10年は色々なノートPCを使ってきたが、同エラーは初体験。シリアルNoを調べてみても巷(ちまた)で流行(はや)っていた(?)出火の恐れがあるバッテリーには該当せず、単なるハズレだったのかもしれない。
悪態をつきながらもネットで新しいバッテリーを購入したが、到着までの数日間は著しい不便を強いられることになった。今さらながら気付かされたのが、スリープ(サスペンド)機能の利便性。同ノートPCは仕事場、リビング、寝室と、家庭内モバイルとして使っていたが、バッテリーがなくなったことにより、可動性は著しくダウン。いちいち休止状態にしてから移動しなければならないからだ。
そんなことは誰しもが知ることなので、改めて述べるまでもない。重要なのはそこに依存性があるような気がする。ノートPCがあると、自分の行動パターンに沿わせることができるため、必然的に雑誌や新聞レベルの情報収集が逐一可能になる。一方、デスクトップPCは、(設置した机などに)自らが向かわなければならず、そこに縛られているような錯覚を覚えてしまう。
この違和感は、携帯電話を飲み屋やタクシーのなかに忘れてしまったときの不安感に似ている。たかが携帯電話、されど携帯電話。と思うが、一方ではコミュニケーションツールとして生活やライフスタイルに密着し、そのアイテムがなくなったことで、初めて必要性に気付かされる。これもひとつの依存性。
仕事やプライベートで1日10時間以上、PCに向かっていることが多く、今回のトラブルで依存性が生じていることをハタと気付かされたが、数日経つとその不便さが心地よい。PCを使わない時間がはっきりしてきたため、ここ1年、下手になっていた読書の時間も作れるように。改めてライフスタイルを考え直すタイミングなのかもしれない。
Tags: PC
数十年以上にわたって、様々なタイプをプレイし、一時期は生業にもしてきたPCゲーム。それらの中には好きなゲームも嫌いなゲームもあり、一度ハマると一年近くプレイしてきたこともあった。ここ数年は年を重ねたせいか、FPS(First Person Shooter)系は一切やらず、シミュレーション系ゲームばかりプレイしている(蛇足だがゲームのカテゴリ:ジャンル分けほど無意味な作業はない。誌面では読者に対する情報提供の一環(いっかん)として、カテゴリを多用してきた時代があったが、新しいタイプのゲームが出れば新たなカテゴリを作り出さなければならず、最終的にはカテゴリというそのものが無意味化してしまう)。ここ数ヶ月仕事の合間(もしくは逃避先として)プレイしているのが、The Sims 2。当初同タイトルは、嫌いなジャンルに含まれていた。プレイした上でのカタルシスを見つけられなかったからだ。そのためファーストインプレッションを書いた某記事では本来の魅力を引き出せず、後の別媒体では大きく意向の異なる記事を書いたのも若気の至り。
では、なぜ今プレイしているのか。そこに人生のエッセンスが集約されているからかもしれない。人間関係の濃さを数値で表わし、一定時間毎に数値が下がっていく。仕事をしなければ家具も食材も買えない。睡眠や社交など表層的(かつ根源的な)欲求パラメータも様々なアプローチから上下するなど、実生活に置き換えられる要素ばかりだ。いや、実生活の要素をゲームに落とし込んだのだから当たり前である。当初はこのリアリティな部分に当てられ、自己投影から来る嫌悪が「嫌い」と感じた正体だったのだろう。
そんなSimsも来年には「3」が登場することが発表された。メーカーリリースを読むと「シームレスな近隣地域の構造」「(シムズのボディやスタイルにまで作成範囲を広げた)クリエイト・ア・シムインターフェースの搭載」「リアリスティック・パーソナリティ・システム搭載」「クリエイティビティーツール(で壁やオブジェクトを自由にカスタマイズできる)」(括弧内筆者記述)といった機能向上が施されるらしい。より詳しい情報は4Gamer.netの記事を参考に。
しかし、最初に登場した初代「The Sims」ほどの魅力を感じない。確かに「家」「公共施設」という区域がなくなり、シームレスに移動できるようになるのは現実的だ。家・家具の自由度も、シムズの外見・内面(性格)が幅広くなるのも面白い。EAのドル箱アイテムに数えられる「The Sims」シリーズ。今から方向転換することはないし、きっと商業的にも成功するだろう。そして筆者も購入し、プレイするつもりである。ただ、続編が出るたび些末な拡張で済ますような内容にはなってほしくない。
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ということで遅ればせながら、Web日記を終了(実際は自分用に残す予定)し、ブログへ移行することにした。まずは投稿テストを兼ねて記事テスト。正直なところ「日記を書く」という作業自体に疑問が残るようになってきたと同時に、Webなどで見かけた|検証したデータの蓄積という面でも非効率であることを常々感じていた。そのため、何か書き殴りたい時はブログ、データの蓄積はWikiに振り分ける方針に変更。未だ仕事用ブログは放置したままだが、ひとまずブログとWikiの2本で何が出来るか(思いの丈を整理できるか)を試してみることに。ちなみにブログツールの選択はライセンスの縛りが気になるのでMovable Typeではなく、WordPressを採用。プラグインやテーマも色々と試してみたが、これが一番落ち着くので、しばらくの間はブラウン系で。
04/08追記 改めてブログに移行してみたが、思った以上に書くことが難しい。プライベートとのリンクが上手くいっていないのか、どうしても構えてしまう。
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